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キャリまが!

英語を武器にキャリアをひらく!

「好きなことを仕事にしなくてよかった」という話

 
 
最近、隣の部署が会社の新サービスサイトのデザインの打ち合わせをしており、それを横目で見ていて思うことがありました。
 
前にも書いてますが、自分はもともと映像やグラフィックデザインに興味があり、一時期そっちの方面を目指していましたが、いろいろあってやめたという経緯があります。
 
今日は「好きなことを仕事にしなくてよかった」という話です。
 
どんな業種の会社でも、webサイトや広告物の発注などでデザイン事業者と仕事をする事はあると思います。
自分も今の仕事の中でフリーランスのデザイナーにロゴや掲示物を発注して、いくつかの案の中からみんなでどれがいいか選んだりしたこともありました。
そんな中、自分が「これは無いだろ」と思ってる案に決まったり、
正直「これならむしろ俺が作らせてくれ!」と思うことも多々ありました。
 
当然ながらそれは自分の仕事ではないし、自分はプロでない以上そんな責任を負うこともできませんから、でしゃばる事はしません。
 
往々にしてそういった作品も、現場ではデザインのことなど全く分からない素人の「フィーリング」によって評価されることになります。
ひどい時には偉い人の「ワシはこれがいいと思うな」という全く理不尽な好き嫌いでしかない一言で決まったりすることも少なくありません。
 
確かにwebサイトや広告物のデザインというのは最低限の、配色とかレイアウトのルールさえクリアしていれば、あとは好き嫌いの問題でしか無かったりするものです(ただし型通りだと平凡なものになるので、あえて型を崩して尚、破綻しないデザインが優れたものだと個人的には思っています)。
そして決める場では理論的な根拠に基づいて選ばれたデザインも、その効果検証が行われる事はほとんどありません。確かめようがありませんから。
 
冒頭の打ち合わせをしていたグループも、もはや個人の好みとしか言いようがない世界で議論がループしていたようでした。
 
その議論を見ていて、自分は自分の好きなデザインに関わる仕事に就かなくてよかった、と思ってしまったのです。
 
自分の好きなものは妥協するのが辛いです。
まして自分より詳しくない素人がフィーリングで決めて行くのを見ているのは本当に辛いと思います。
しかし、ビジネスは納期や予算の関係、権限の関係でそういうことが当たり前に起こります。
「妥協」というと、言い方が悪いかもしれませんが、要は「相手のご要望に合わせて自分を曲げる」ということです。
ビジネスの場において優れたデザインとは作者ではなく消費者が決める物だからです。
仕事における価値は自分ではなく、それを受け取る相手が決める物です。
だから、好きな物のようにこだわりが強いものは、どうしても相手にとっての価値よりも自分にとっての価値を優先したくなってしまうのではないだろうか、と思うのです。
 
世の中で自分の好きなことだけを妥協せずに仕事として出来る人はほんの一握りです。
それでもめげずに続けられる人だけが、好きなことを仕事にしても幸せになれる人だと思います。
 
そして自分はそうではなかった。実際に就職して初めてそれが分かりました。
 
好きなことは趣味にとどめておくのが1番、というのが今の僕の考えです。
趣味なら予算も納期も、誰に対する遠慮も必要ありませんから。
 
仕事というのはお金をもらって飯を食うことですからね。
 
友人の弟は大手の住宅メーカーで設計をしていましたが、転職してバスの運転手になりました。
転職した理由は、予算のために(危険がないレベルで)住宅の強度を落としたりすることが耐えられなかったから、だそうです。
 年収はなんと半分になったそうですが、全く後悔はしてないとのことです。
 
 
今、仕事選びで迷っている大学生の方や、不本意な仕事に就いてしまって悶々としている社会人の方は、30歳になった今、こんな風に考えている奴もいるんだなと参考にして頂ければと思います。 
 
 
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